はじめまして。無価値感解放カウンセラーのリエです。

「私なんて、価値がない……」
「誰も私の本当の苦しみを、わかってくれない」
HSP、アダルトチルドレン、愛着障害、カサンドラ症候群、インポスター症候群…。
どのような生きづらさであっても、その根底には「強い無価値感」や自己否定が隠れています。
あなたの心の奥深くにある「私なんて」という思い込みを丁寧にほどき、ありのままの自分を取り戻すカウンセリングを行っています。

私自身、夫婦の関係や
職場の人間関係で強く落ち込み
自分の性格や周りの人の言動に
思い悩む日々が続きました。
けれど、そのつらさの奥には、
「自分には価値がない」
と感じてしまう
【無価値感】
があったのだと 気づいたのです。
そんな思い込みから解放された私は、
世界の見え方が劇的に変わりました。
その体験を、お話しさせてください。
幼少期:「私なんて、みそっかす」
――すでに自分の価値をあきらめていた頃
~幼い頃から私の世界は「強い人」「怖い人」に囲まれていました~

幼い頃の私にとって、父は怖い存在でした。
厳格で、怒るとちゃぶ台をひっくり返すような、いわゆる昭和の頑固な父。
母は黙って後片づけをし、私は布団にもぐり込んで、嵐が過ぎるのを待っていました。
幼稚園のときのことです。
お気に入りのハンカチを取られても「返して」と言えませんでした。
本当は悔しくて、悲しくてたまらない。
それなのに、「どうせ私の気持ちなんて誰にもわかってもらえない」と、涙をぐっとこらえていました。
親から投げかけられた「みそっかす」という言葉。
「私なんて価値がない、いてもいなくてもいい存在なんだ」
そんなセルフイメージを、幼い私の心に深く刻み込なれていったのです。
威圧的な父に怯え、ひたすら耐える母の背中を見つめながら、私は生き抜くためのルールを身につけていきました。
「自分の気持ちは我慢するもの」
「強い人には逆らってはいけない」
言いたいことを飲み込むのが当たり前になり、自分の感情にフタをすることが、幼い私にとって唯一の自分を守る方法でした。
「私さえ我慢すれば」と過ごした学生時代
~「違う」「そうじゃない」…言い返したり反論することもできなかった~

中学生の頃、友人が私の家に借りにきたマンガを、学校へ持ってきたことがありました。友人は「家に返しにいくのが面倒だったから」と悪びれることなく言ったのです。
先生に持ち主を聞かれ、正直に名乗り出た私だけが、みんなの前で叱られました。
本当は、
「持ってきたのは私ではありません」
と言いたかった。
けれど、言い返すことができませんでした。
理不尽だと感じても、黙って飲み込む。
自分が悪くなくても、責められたら耐える。
そんな反応が、すでに私の中に染みついていました。
社会人になってからも、それは変わりませんでした。
人のミスをフォローしていたのに、自分だけが責められる。
本当のことを言えば、人のせいにする人だと思われるのが怖い。
私はますます、自分の気持ちを言葉にできない人になっていきました。
幸せになるはずの結婚生活で、また自分を失っていった20代~30代

20代半ば、私は入院していた実母の看護をしながら、夫と出会い、結婚しました。
結婚すれば、安心できる家庭ができる。
自分を守ってくれる人ができる。
そんな期待があったのだと思います。
けれど、結婚が決まると夫は、
「俺の貯めたお金で家を建てるのだから、文句を言うな」 と言い、私の希望を聞かないまま家を建て始めました。
家が完成するまでの間は夫の実家で同居。
私兄夫婦、甥と姪たち、義母、義妹、そして私たち夫婦。
私は、家族全員の食事作りを任されました。
実母の病院へ通いながら、自宅で寝たきりの義母の世話をし、つわりに苦しみながら家事をする日々。
「つわりは病気じゃないんだから」 そう言われると、どんなにつらくても「きつい」の一言すら口に出せなくなりました。
母の病院の駐車場に止めた車の中で、そっと体を横たえて耐えることしかできなかったのです。
結婚したのに、守られている感じがしない。
こんなにきついのに、休みたいと言えない。
当時の私を縛り続けていたのは、心の中に深く根づいていた強い思い込みでした。
「お金を稼いでいない私には、自分の気持ちを言う資格なんてない」
本当は助けてほしかった。寄り添ってほしかった。
本来なら一番身近で頼るべき夫にさえ、私は甘えることも、弱音を吐くこともできませんでした。
「助けて」「休みたい」と声を上げていいのだということすら、当時の私はわかっていませんでした。
家族を優先するうちに、自分の気持ちがわからなくなった
子どもが生まれてからも、私は両家の親、夫、子どもたちのために動き続けました。
産後間もない体で赤ちゃんを連れて実母の病院へ通い、頼まれた義母の昼食を作るために一度帰宅。
昼になったら義実家へ出向き、さらに自分の実家へ家事をしに行く。
とにかく慌ただしい毎日でした。
あまりの眠たさに、子どもをおんぶしたままテーブルに顔を伏せて眠ったり、上の子をおんぶしたまま、立って生まれたばかりの子に授乳したり。
いつも誰かの世話が先で、自分の体を休めることは後回しでした。
「私がやらなければ」
「放っておくわけにはいかない」
疲れているのに、次々と役割を背負っていたのです。
あるとき、私は夫に言いました。
「たまには私も、上げ膳据え膳でごはんを食べたい。一泊でいいから、旅行へ行きたいな」
返ってきたのは、
「そんなことをしたら、金が貯まらん」
というひと言でした。
その瞬間、私は家族の中にいるのに、ひどくひとりぼっちだと感じました。
誰にも怒りや悲しみをぶつけることもできない。誰も私を「よくがんばっているね」と労ってもくれない。
それでも自分の感覚があっているのか、間違っているのかもわからなくなっていました。
母を亡くしたあと、張りつめていた心が切れた

その後、実母が亡くなりました。
悲しいはずなのに、長く続いた看護や介護から手が離れたことに、どこかホッとしている自分もいました。
そして、
「母が亡くなったのに、ホッとするなんて」
そんな自分を責めました。
朝、起きられない。
家事にも手がつかない。
夫が仕事へ行ったあと、ソファーで眠り、子どもはひとりで遊んでいる。
当時は分かりませんでしたが、今振り返れば、長い間張りつめていたものが一気に切れたのだと思います。
その頃に知り合ったママ友から、後になって、
「最初はいつも暗い顔をしていたから、こんなに明るい人とは思わなかった」
と言われました。
自分では気づかないほど、私は疲れていたのでしょう。
学んだだけでは、変われない自分がいた

そんな私を心配したママ友の勧めで、夫婦で自己啓発セミナーへ参加しました。
最初の頃は、なかなか心を開けませんでした。
どんなワークをしても、どこか冷めていて、素直に感情を出せない。
けれど、回を重ねるうちに少しずつ心のことに興味を持つようになり、一緒に参加していた夫にも変化が見られました。
以前より、言葉や態度がやわらかくなっていったのです。
私は、
「心の仕組みを知れば、人は変われるのかもしれない」
と希望を持ちました。
そこから心理学、潜在意識、インナーチャイルド、ヒプノセラピー、コーチングなどを学び始めました。
カウンセラーとして活動した時期もあります。
けれど、心の奥ではずっと、
「こんな私が、人の相談に乗っていいのだろうか」
という自信のなさが消えませんでした。
家計の事情もあり、私は一度カウンセラーの活動を手放し、再び働くことを優先しました。
心理学を学んでも、自分を後回しにする生き方は変わらなかった

家計のため、学びを続けるため、Wワークで働いていた頃。
突然、大きな病気を患い、緊急手術を受けました。
あと数時間病院へ行くのが遅れていたら、命が危なかったと言われました。
それまで当たり前だと思っていた日常が、一瞬で止まりました。
病床で、私は初めて自分自身に謝りました。
「ごめんね。ずっと我慢させていたね」
「人からどう思われるかばかり気にしていたね」
「本当は嫌だったことも、嫌だと言わせてあげなかったね」
心理学を学んできた私が、そこでようやく気づいたのです。
知っているだけでは、マインドは変わらない。
一人では、長年しみついた生き方に何度でも戻ってしまう。
「もう、自分を大切にしない生き方を終わりにしよう」
そう決めました。
まずは「自分のために朝ごはんを作る」ところからでした
退院してから、私は以前の自分なら「だらしない」と思うことを、あえてやってみました。
朝、目覚ましをかけない。
家族が出かけたあとに起きる。
そして、自分のためだけに目玉焼きを焼き、鮭を焼き、味噌汁を作る。
椅子に座って、ゆっくり朝ごはんを食べました。
そのとき、ふと思いました。
「私、自分のためだけにご飯を作ったことって、ほとんどなかったんだ」
誰かのためではなく、自分のために時間を使う。
私にとっては、それが「自分を大切にする」最初の練習でした。
人生が変わり始めたのは、私自身がカウンセリングを受けてから
本を読んだり、動画を観たり、心理を学んだりしても、
「まだ、自分一人では気づいていない何かがある」
と感じていました。
そこで、信頼していた心理の恩師のもとを訪ねました。
病気をしたこと。
これまでずっと、自分の気持ちや体を後回しにしてきたこと。
これからは自分の人生を生きたいと思っていること。
ひとつずつ話しました。
わがままだと感じていた私のことを、否定されることなく聴いてもらい、自分の心を一緒に見つめてもらう中で、私は少しずつ気づいていきました。
私はずっと、
「夫が変わってくれれば、私は幸せになれる」
と思っていたのです。
そして同時に、
「私の気持ちには価値がない」
という思い込みを持っていたからこそ、自分の気持ちより相手の反応を優先し、人に振り回される生き方を続けていたことにも気づきました。
ここが、私の人生の大きな転機でした。

本当はどうしたいのか。
どんな人生を送りたいのか。
自分の心と丁寧に対話しながら、ようやく私は、自分の人生を生きる許可を自分自身に出すことができたのです。
「どうせ私なんて」を手放したら、家族との関係も変わった

カウンセリングでは、投影や潜在意識の知識を深めることができました。
目の前の出来事は、自分の潜在意識の現れだということ。
自分が何を怖れ、何を我慢し、どんな思い込みを持っているかによって、受け止め方や行動までも変わってくる。
夫の嫌なところに腹が立ったときも、
「なぜ私は、イライラと反応するんだろう?」
と自分の心を感じるようになりました。
相手の嫌な部分は、自分が認めたくなくてフタをしていた影の部分でもある、ということにも気づきました。
すると、不思議と夫への怒りが以前ほど続かなくなったのです。
嫌みを言うことも減っていきました。
自分のことを知るほど、相手のことも理解できるようになっていきました。
「私はどうしたい?」を選べるようになって、人間関係にも変化が
以前なら、飲み込んでいたことも少しずつ夫に伝えられるようになりました。
人間関係でも、
「この人とは少し距離を置きたい」
という自分の感覚を無視しなくなりました。
誰とでも仲良くしなくていい。
嫌われないために、無理をしなくていい。
「相手はどう思うだろう…」ばかりだった私が、
「私はどう感じている?」
「私はどうしたい?」
と、自分にも問いかけられるようになりました。
夫との関係も変わりました。
以前は厳しい言葉が多かった夫が、
「温泉に行こうか」
「それ、買ったら?俺が払うよ」
「今日は俺が夕飯を作っておくよ」
と言うようになりました。
今では自分のお弁当も自分で作って出勤しています。
かつて私のカウンセラー活動に反対していた夫が、今では一番近くで応援してくれる人になりました。
子どもたちからも、
「お母さん、今が一番楽しそうだね」
と言われたこともあります。
もちろん、家族が一気に別人のように変わったわけではありません。
私自身の心の持ち方や関わり方が変わるにつれて、人との関係にも変化が生まれていったのです。
家族のために自分を犠牲にするのではなく、家族に協力してもらいながら自分の人生を楽しむ。
「まず自分が自分を受け入れ、価値を認めること」。
それだけで、私を縛っていた家族は、共に人生を歩む「最強の味方」へと変わっていきました。

あなたの人生の主導権は、どこまでもあなたのものです
私がカウンセラーとして力になりたいのは、
誰にも相談しないまま、
「人生なんて、こんなもの」
「毎日なんて、こんなもの」
と、知らず知らずのうちに諦めてきた人です。
人に気を遣いすぎて疲れてしまう。
自分の気持ちを伝えられない。
相手の機嫌が悪いと、自分が悪いような気がする。
褒められても受け取れない。
「私なんて」と、自分の価値を低く見てしまう。
長く続いていると、それが「性格」だと思ってしまうかもしれません。
私もそうでした。
でもカウンセリングを通して、
「なぜ私はこう感じるのだろう」
と自分の心を知っていくことで、少しずつ違う選択ができるようになりました。
私にとってカウンセリングは、
誰かに答えを教えてもらう場所ではありませんでした。
自分の中にある気持ちに気づき、
「本当はどうしたい?」
という自分自身の声を取り戻していく場所でした。
今だからこそ言えます。
何歳からでも、どんな状況からでも、人は自分の人生を生き直すことができる、と。
「本当は、すごくつらかった」
「私、ずっとよく頑張ってきたよね」
そんな心の奥の声に気づき、自分の心に寄り添うことから私の人生は変わり始めました。
あなたも一歩を踏み出し、心が整うと、あなたの家庭や周りの空気がいつの間にか変わっていきます。
そしてその安心感は、自然と子どもたちや大切な人へも広がっていくのです。
あなたが自分らしく生きることは、決して「わがまま」ではありません。
あなたが自分の人生を取り戻す姿こそが、大切な家族へ「あなたも自分らしく生きていいんだよ」と伝える、最高のプレゼントになるのです。
もう、自分に正直に生きていい
言えない自分、
逃げたい自分、
自信がない自分。
私のカウンセリングでは、どんなあなたも否定しません。
それらはすべて、あなたが今日まで自分を守るために必死に生きてきた大切な証だからです。
「私には生きる価値がないんじゃないか」
「このまま我慢し続けるしかないのかな」
そうやって遠慮しながら生きる毎日は、あなたももう終わりにしませんか?
弱ったままでもいい。
うまく話せなくても大丈夫。
まずは、あなたの胸の奥にある想いを、そのまま私に教えてください。
誰にも否定されない安心できる空間で、あなたの心の声に耳を傾けていきます。
あなたの人生の主導権は、どこまでもあなた自身のものです。
「どうせ私なんて」という重い鎧を少しずつ降ろして、あなたらしい人生を取り戻す一歩を、一緒に始めてみませんか。
どんなあなたも丸ごと受け止める安心できる場所で、お話しできるのを楽しみに待っています。お試しカウンセリングのお申し込みはこちら↓↓
