~「誰かのための完璧」を重ねるうちに、自分の価値が見えなくなる~
私たちはこれまで、本当にたくさんの役割をこなしてきました。
職場で期待される責任あるポジション
家庭を守る妻としての役割
そして「お母さん」としての顔
真面目でがむしゃらなあなただからこそ、
どの舞台でも手を抜かず、
「完璧でありたい」
「みんなを笑顔にしたい」と
必死に役割を全うしてきたのではないでしょうか。
子どもが熱を出せば仕事をやりくりし、
仕事が忙しくても家事を疎かにせず、
常に自分のことは後回し。
周りから「よくやってるね」「すごいね」と言われれば言われるほど
「もっと頑張らなきゃ」
「期待を裏切っちゃいけない」と、
自分で自分のハードルを上げ続けてきたかもしれません。
しかし、ここに大きな「心の罠」が隠されています。
「〇〇としての私」しか価値がないと思っていませんか?
誰かのために完璧であろうとすればするほど、私たちの心はこう思い込むようになってしまいます。
「成果を出している私、役に立っている私には価値がある。
でも、何もしない、もできない私には価値がない」と。
いつの間にか、自分自身の価値が
「どれだけ他人の役に立てたか」という外側の基準に
すり替わってしまうのです。
主婦生活が長かった方であれば
「家事を完璧にこなすこと」
「家族が不自由しないこと」が
自分の存在証明になっていたかもしれません。
仕事を持っている方であれば、
「プロジェクトを成功させること」
「職場で頼りにされること」が
自分を支える盾になっていたでしょう。
そうして「誰かのための完璧」を何年も、何十年も重ねてきた結果、
ふと役割が一段落したとき(子どもの自立や、仕事の転換期など)に、
強烈な迷子が始まります。
「あれ? 役割の仮面を外した私には、一体何が残っているんだろう?」
かくく言う私も、長い主婦生活の中で
『お母さんなんだから』
『妻なんだから』と頑張り過ぎるあまり
一歩外に出たときに『私は社会的に何者でもないのではないか』と、自分の足元が崩れるような感覚を覚えた一人です。
何かを成し遂げる人にならなければ・・そう思っていたのです。
自己評価が迷子になるのは、あなたが「優しすぎた」から
周りの期待に応えようと必死に走ってきた靴を脱いだ瞬間、
急に自分の価値の測り方が分からなくなってしまう。
これが、自己評価が迷子になってしまう背景にある正体です。
成果や役割という「条件付き」でしか自分を評価できなくなっているため、
どれだけ周りから「十分やってきたよ」と言われても、
心のバケツに開いた穴から自信が漏れていってしまいます。
でも、どうか自分を責めないでください。
あなたが今、自分の価値を見失って焦っているのは、
能力がないからでも、人生を間違えたからでもありません。
「これまでの人生、それほどまでに誰かのために、完璧に、優しく生きようとしてきた証拠」なのです。
誰かのために、自分の大切な時間を捧げる。
それは決して「自分を無くした」のではなく、
あなたの中にそれだけ深い愛と、
やり遂げる「強さ」が隠れていたということ。
それほど勇気のある生き方はありません。
そこには、あなたが気づいていない「本当の強さ」が隠れていたのです。




