「私が悪いんだと思います」
「もっとちゃんとしていれば、こんなことにはならなかった」
つらい出来事が起きたとき、
なぜか自分を責める方向に思考が向いてしまう人がいます。
それは性格の問題でも、
心が弱いからでもありません。
実はそこには、
受容できない心の仕組みが深く関わっています。
自分を責める人は、責任感が強い
まず知っておいてほしいのは、
自分を責め続ける人ほど、
とても責任感が強いということです。
- 周りをよく見ている
- 人の気持ちを考えすぎる
- 「私が何とかしなければ」と思いやすい
だから、問題が起きたとき、
「誰のせいでもない」
「どうにもならないこともある」
そう考えるより先に、
「私の何が悪かったんだろう」
と、無意識に答えを探してしまうのです。
受容できないと、人は「原因」を自分に向ける
本来、受容とは
「変えられない現実を、そのまま認めること」でした。
でもそれができないとき、
人の心はとても不安定になります。
なぜなら、
- 理由がわからない
- コントロールできない
- 納得できない
状態は、人にとって強いストレスだからです。
そこで心は、
「せめて原因だけでもはっきりさせたい」
と動き出します。
そのとき、
いちばん簡単に見つかる“原因”が、
自分自身なのです。
「自分が悪い」と思うほうが、実はラクなこともある
少し厳しい言い方になりますが、
自分を責める思考には、
一時的なメリットがあります。
- 原因が明確になる
- 世界が単純になる
- 「次は気をつければいい」と思える
つまり、
自分が悪い= 自分がコントロールできる世界
を作れるのです。
だからこそ、
人は無意識に
自分を責める思考を手放せなくなることがあります。
でもその代償として、
- 自己否定が強まる
- 心が休まらない
- 何をしても満たされない
状態が続いてしまいます。
受容できない背景には、過去の経験があることが多い
自分を責めるクセが強い人の多くは、
過去にこんな経験をしています。
- 失敗すると責められた
- うまくできたときしか認められなかった
- 感情より「正しさ」を求められた
その結果、
「何か起きたら、自分が悪い」
「ちゃんとしていない私はダメ」
という考え方が、
心の奥に根づいてしまうのです。
これは意志ではなく、
身についた思考のクセです。
受容が始まると、責める必要がなくなる
受容が少しずつ起き始めると、
心の中でこんな変化が起こります。
- 「誰かのせい」にもしなくなる
- 「自分のせい」にもしなくなる
- 「そういう状況だった」と見られるようになる
つまり、
責める相手を探す必要がなくなるのです。
すると自然に、
- 気持ちが落ち着く
- 次に何をするか考えられる
- 自分を守る選択ができる
ようになっていきます。
受容は、頭で理解するものではない
ここで大切なのは、
受容は「わかった!」で起こるものではない、
ということです。
何度も同じ話をしたり、
同じ感情を行ったり来たりしながら、
少しずつ心が追いついていく。
だから、
「まだ受け入れられない自分」を
責める必要はありません。
その時点で、
あなたはもう十分、向き合っています。
自分を責めてしまうあなたへ
もし今、
- 気づくと自分を責めている
- 「私さえ我慢すれば」と思ってしまう
- どうしても自分が悪い気がする
そんな状態なら、
それはあなたが冷たい人だからでも、
弱いからでもありません。
受容の途中にいるだけです。
責めることで生き延びてきた心が、
まだその方法を手放せていないだけ。
その心に、
「もう大丈夫だよ」と
少しずつ教えていくことができます。