プライバシーを聞かれてモヤモヤするのは、気にしすぎだからではありません【VOL.3】

他者基準のイメージ

「お子さん、どこの大学?」

「就職先はどこ?」

「いつもどんな料理を作ってるの?」

そんなふうに、プライベートなことをぐいぐい聞かれると、

「なんで、そこまで聞くの?」

とうっとうしく感じることはありませんか。

私は、プライバシーを聞かれて嫌な気持ちになるのは、単に秘密主義だからではないと思っています。

もしかしたら、

「比べられそう」
「値踏みされそう」
「何かジャッジされそう」

「マウントとられそう」

そんな怖さがあるのかも?と思うことがあります。

たとえば、

「うちの子、〇〇大学を狙っているの」

と言われたとき。

ただ相手が自分の子どもの話をしているだけなのに、

「うちの子はどうなの?って思われているのかな」

と、なんとなく落ち着かなくなる。

マイホームを見て、

「こんなにいい材質の壁だから、高かったでしょ?」

と言われると、

「暮らしぶりまで見られているみたい」

と感じる。

そんな経験はありませんか?

質問そのものが嫌というより、

その先で比べられたり、評価されたりすることが怖い。

だから、身構えてしまうんですよね。

でも、ここで少しだけ自分の心にも目を向けてみます。

「どうして私は、こんなに比べられることが嫌なんだろう?」

そう考えてみると、

自分の中にも、

「いい大学のほうがいい」
「安定した会社のほうが安心」
「ちゃんとしていると思われたい」

そんな物差しがあることに気づくことがあります。

これは、

「あなたも人をジャッジしている」

と責めたいわけではありません。

私たちは、知らないうちに、
世間の物差しを自分の中にも持っていることがあるのです。

だから相手から何か聞かれたとき、

その物差しで自分まで採点されるような気持ちになる。

「私はどう思う?」よりも、

「人からどう見られるだろう」
「どう評価されるだろう」

を先に考えてしまう。

これが、他者基準になっている状態です。

プライバシーを聞かれて嫌だった。

比べられているようで苦しかった。

まずは、そんな自分を

「気にしすぎ」
「秘密主義」

と責めなくていいと思います。

そのうえで、

「私は、何を比べられるのがこんなに怖いんだろう?」

と考えてみる。

すると、

自分がどんな物差しで、
自分自身を見ていたのかが少しずつ見えてきます。

相手がどう思うかではなく、

「私はどう思う?」
「私は何を大切にしたい?」

そこに戻っていくことが、

他者基準から少しずつ離れていく一歩なのだと思います。


▶ 第4話では、
他者基準から抜けられない本当の原因
子育てを後悔したり、親としての評価が気になるのはなぜというところから、

「子育てとはこうあるべき」と言う世間の物差しについて考えていきます。