「人と比べて落ち込む」「どう思われているのか不安になる」——そんな状態が続いていませんか?
前回の記事の続きです。
仕事中、その人は私の側にやってきて
よく言っていました。
「○○さん、褒めてください」
「これ、やったんです」
そう言って、自分の行動を話してくるのです。
また、
「○○さんは料理が上手なんでしょ」
「いいですね、食べてくれる家族がいて」
そんなふうに、
相手をうらやましがる言葉もよく口にしていました。
この行動に共通しているもの
これらに共通しているのは、
自分の価値を、他人との比較で確認していること
です。
なぜ比較が止まらないのか
自分の中に
「これでいい」という基準がないと、
人は外に基準を求めます。
・あの人よりできているか
・あの人より劣っていないか
・ちゃんと評価されているか
こうして、
常に自分の位置を確認し続けることになります。
比較の裏にあるもの
その奥にあるのは、
無価値感です
・このままの自分では足りない
・認められないと価値がない
だからこそ、
・褒めてほしくなる
・うらやましくなる
・落ち込む
この流れが繰り返されます。
でも、その安心は長く続かない
問題はここでしょう。
どれだけ頑張っても、
・もっとちゃんとしなきゃ
・まだ足りない
・これでいいのか不安
という感覚は消えません。
なぜなら、
安心の土台が
「外側」にあるからです。
外側に安心を求めるとどうなるか
・人の反応に左右される
・評価で気分が変わる
・少しのミスで大きく落ち込む
そして、
また「ちゃんとしなきゃ」に戻る。
この繰り返しになります。
本当の原因はここにある
ここで大事なのは、
能力の問題ではないということです。
問題は、
「ちゃんとできないと価値がない」という前提
この前提があると、
常に緊張した状態で生きることになります。
なぜそんな前提ができたのか
これは、
過去の環境や経験の中で
・ちゃんとしていると認められた
・役に立つことで安心できた
・失敗すると否定された
そうした体験から、
自然と身についたものです。
だから責めなくていい
ここまで読むと、
「じゃあ自分が悪いのか」と思うかもしれません。
でも違います。
それは、
あなたが生きていく中で
身につけた“適応のしかた”です。
まとめ
完璧主義は、
もっとちゃんとしようとする“努力”ではなく、
不安を感じないようにするための“防御”です。
だからこそ、
やり方を変えるだけでは変わりません。
では、
人の目を気にせず、
自由に生きているように見える人は、
本当に「強い人」なのでしょうか。
気にしない人こそ、
理想の状態なのでしょうか。
実はそこにも、
大きな誤解があります。
▶ 第3話では、
「自由に見える人」の本当の正体についてお伝えします






