我慢が当たり前になった心は、何を失っていくのか

― 良い子で生き延びた、その先で ―

子どもは、家庭の中で生き残ろうとする

子どもは、生まれた瞬間から
家庭という小さな社会の中で生きています。

大人のように環境を選ぶことも、
関係を断つこともできません。

だから子どもは、無意識のうちに考えます。

どうすれば怒られないか
どうすれば見捨てられないか
どうすれば、この家の中で安心していられるか

それは「甘え」でも「計算」でもなく、
生き残るための本能的な戦略です。


親の顔色をうかがう「良い子」は、こうして生まれる

・いたずらをすると、親が不機嫌になる
・子どもらしく笑っていると、空気が重くなる
・静かにしていると、家が落ち着く

そんな体験が重なると、
子どもは学びます。

「私は、おとなしくしていればいい」
「余計なことをしなければ、愛される」

さらに、

・成績がいいと褒められる
・親の自慢の子どもになれる
・親の言うことを聞いていれば、家庭は安泰

こうして
“役に立つ良い子”であることが、居場所の条件
になっていきます。

小さな体と小さな心で、
「家族の役に立たなければ、ここにいてはいけない」
と感じてしまうのです。


我慢は、美徳ではなく「生存の知恵」だった

この段階で身についた我慢は、
決して悪いものではありません。

それは、
・怒られないため
・見捨てられないため
・家の空気を守るため

に必要だった、子どもなりの知恵です。

問題は、
その我慢を
大人になっても手放せなくなることです。


我慢が当たり前になった心が、失っていくもの

① 自分の気持ちが、わからなくなる

我慢が習慣になると、
「本当はどうしたいか」を感じる前に、

・相手はどう思うだろう
・今言っていいだろうか
・空気を乱さないほうがいい

が先に立ちます。

結果、
自分の欲や感情に鈍くなり、
「何がしたいのかわからない大人」になっていきます。


② 喜びや楽しさを、素直に受け取れなくなる

楽しそうにしていると、
どこかでブレーキがかかる。

笑っている自分に、
「調子に乗ってはいけない」と声がかかる。

それは、
子どもの頃に
「はしゃぐ=迷惑」
と学んだからです。

喜びを感じる力を、
少しずつ削ってきた結果です。


③ 欲を出す人を見ると、心がざわつく

我慢が当たり前の人ほど、

・わがままな人
・感情をそのまま出す人
・自由に振る舞う子ども

を見ると、強く心がざわつきます。

「なんで、そんなことが許されるの?」
「私は、あんなに我慢してきたのに」

そのざわつきは、
怒りではなく、
自分が押し込めてきたものへの反応です。


④ 子どもを愛せない自分を、責めてしまう

特に苦しくなるのが、
自分が親になったときです。

わがままな子どもを前にして、
こんな思いが湧いてくることがあります。

「どうして、こんなにわがままなの」
「私はあんなに良い子だったのに」
「この子は、私を傷つける」

その気持ちは、
あなたが冷たい親だからではありません。

良い子で生き延びた自分が、
まだ心の中で我慢を続けている

だけなのです。


我慢は、あなたを守ってきた。でも――

我慢は、あなたを救ってきました。
でも、今のあなたを幸せにしているとは限りません。

子どもの頃に必要だった生存戦略は、
大人になった今、
重たい鎧になっていることがあります。

失ったものは、
・自分の本音
・素直な喜び
・欲を持つ自由

そして、
「私はここにいていい」という感覚です。

それに気づくことは、
自分を責めるためではなく、
これからの生き方を選び直すための
大切な一歩です。