何気ないひとことが、子供の心に深い傷を残していることがあります。
「おまえは橋の下から拾ってきたんだよ」
「あなたを産むとき、陣痛が長引いて。なかなか(産道を)下りてこなくて、とっても難産だったの」
子供の頃に、こんなことを言われた経験はありませんか?
大人からすれば、たいして意味のない話だったかもしれません。
けれど子供にとっては、自分の存在そのものを揺るがす、衝撃的な言葉です。
子供は、大人の言葉をそのまま信じてしまう存在です。
そのため、
「本当の親じゃないのかもしれない」
「だから、私をいつも怒るんだ」
「自分は望まれた子供ではなかったのではないか?」
そんな不安や恐怖に包まれてしまうのです。
母親のお腹に生命が宿り、「胎児」となった時、
脳の神経と耳の原型ができるのは妊娠6週目くらい。
妊娠20週から25週目頃には、耳は聞こえていると言われています。
だから、夫婦げんかをしていると、お腹の赤ちゃんは親の言い争いを聞いています。
「堕ろせよ」
「堕ろしたくない」
そんな会話も、ちゃんと聞こえているのだそうです。
母親が産みの苦しみ(陣痛)を味わっているとき、赤ちゃん自身も苦しいのです。
自分が苦難の末、この世界に生まれてきたことを、うすうす感じ取っています。
それを「感覚」として記憶しているのです。
育っていく中で、
「おまえを産む時は、時間がかかって難産だったよ」
と親に言われると、大人になってからも、
・生きることは苦しい
・私は人を不幸にする存在なんだ
・自分は生まれてこないほうがよかったのでは……
そんな感覚に、苦しむようになります。
親からの言葉は、良くも悪くも「思い込み」をつくってしまいます。
「私は大切にされていない」
存在そのものが否定されたように感じてしまう。
「自分には価値がない」
生まれてきた意味を疑い、自信を持ちにくくなる。
「いつか見捨てられるかもしれない」
愛されても信じきれず、人間関係で不安がつきまとう。
これらの思い込みは、成長してからの人間関係にも大きな影響を与えてしまうのです。
たとえば、恋愛で相手の愛情を試したり、
友人との関係で「嫌われていないか」と過敏に反応したり……。
「なにをやっても毎日がおもしろくない」
「本当に自分は愛されているのか」
そんな不安が、ずっと心の中でくすぶり続けます。
冗談のつもりでも残る「存在への疑い」
大人にとってはただの冗談。
けんかの中で、つい感情的に言い過ぎた言葉。
けれど子供にとっては、「自分の居場所」や「存在理由」に直結する大問題です。
世界がまだ小さい子供にとって、親や身近な大人の言葉は、
“絶対的な真実”として受け取られてしまいます。
ましてや、
「ほんとはオマエなんか、産みたくなかったんだよ」
と親から言われると、
子供にとっては、自分の生命そのものを否定されたと感じるほどの大きな心の傷になります。
それは、トラウマになるのです。
その結果、
「自分は本当にこの家の子なのか」
という疑いが心の奥に沈殿し、自尊心を揺さぶり続けてしまいます。
そこで、考えてみてほしいことがあります。
それは、「親も未熟な存在だった」という視点です。
親も人間です。
感情をコントロールできず、他者を傷つけてしまうことがあります。
心が未熟なまま親になっている人も、決して少なくありません。
もし、過去にこうした言葉を言われて傷ついた経験があったとしても、
それは事実ではありません。
大人の未熟さや不用意さから出た、たったひとことにすぎず、
あなたの存在価値とは、何の関係もないのです。
「私は望まれて生まれてきた」
「私はまわりから愛されている」
そのことを、自分自身(こども心)に改めて伝えてあげることが大切です。






