ヤングケアラーだった人が、大人になって悩みやすい理由

ヤングケアラーについてのイメージ

最近、「ヤングケアラー」という言葉を耳にすることが増えました。

子どもが家族の世話を担わざるを得ない状況――
それは、特別な家庭だけの話ではありません。

実は、大人になってから
「自分の人生がわからない」
「恋愛や結婚がしんどい」
そう感じている人の背景に、
子ども時代のケアラーとしての“役割”が関係していることがあります。

「ヤングケアラー」という言葉を聞いて思い出す相談の中身

カウンセリングの中で、
こんな話を聞くことがあります。

・兄弟姉妹の世話を、気づけば自分が一手に引き受けていた
・親が忙しく、弟妹たちの心のケアまで担っていた
・「あなたのおかげで助かる」と言われ続けてきた

それを、本人は
「大したことじゃない」
「どこの家庭にもある話」
と語ります。

けれどよく聞いていくと、
その人は子どもの頃から、
“子ども”という立場を超えた役割を担っていたことが少なくありません。

こうした経験は、
ニュースで語られるような
極端なケースだけに限りません。

「家族の中で、世話をする役割が固定されていた」
それだけでも、
子どもの心には大きな影響を残します。

子どもが「母親役」になる家庭で起きていること

カウンセリングで話を聞いていると、
「特別に大変な家庭だった」というよりも、
いつのまにか役割が決まってしまった
そんなケースが多くあります。

親が忙しい、余裕がない、病気がち――
理由はさまざまですが、
その中で、ある子どもが自然と
「世話をする側」に回っていくのです。

それは、多くの場合
怒られやすい子ではなく、
気がつく子・我慢できる子責任感のある子です。

世話をする子が固定されていく理由

家族の中で、こんな特徴を持つ子がいませんでしたか。

  • 空気を読むのが得意
  • 困っている人を放っておけない
  • 自分のことより、周りを優先する
  • 「いい子だね」「助かるよ」と言われてきた

こうした子どもは、
家族にとって「頼りになる存在」になります。

でもそれは、
子どもとして守られている状態とは違います。

役に立つことで居場所をつくり、
必要とされることで安心する。
その生き方が、少しずつ身についていくのです。

それは愛情ではなく「役割」だった

本人はこう感じていることが多いです。

私がやらなきゃ
私しかいない
私が我慢すればうまくいく

この感覚は、
大人になっても深く残ります。

そしていつのまにか、
「自分がどうしたいか」よりも
「どうすれば周りが回るか」を
先に考える癖になります。

それは優しさでもありますが、
同時に
役割から降りられない苦しさ
でもあります。

大人になってから表れやすい影響

子ども時代の役割は、
大人になってからの人間関係にも
静かに影響します。

恋愛や結婚で起きやすいこと

カウンセリングでよく聞くのは、こんな悩みです。

  • 気づくと、相手の世話をしている
  • 甘えたいのに、どう頼めばいいかわからない
  • 「私が我慢すればいい」と思ってしまう
  • 対等な関係が、どこか居心地悪い

本人は
「恋愛が苦手」
「結婚に向いていない」
と感じがちですが、
それは能力の問題ではありません。

慣れてきた役割に戻っているだけ
なのです。

「結婚したい?したくない?」曖昧になる理由

もうひとつ、よくあるのが
「結婚したい気持ちがあるのか、わからない」
という感覚です。

それは、
家庭=安心
ではなく、
家庭=責任・負担
というイメージが
無意識に刷り込まれているからかもしれません。

「自分の人生を生きる」より先に、
「誰かを支える人生」を
長く経験してきた人ほど、
自分の望みが見えにくくなります。

これは性格でも努力不足でもない

ここまで読んで、
「優しい子だから、気がつく子だから、
ヤングケアラーになるのでは?」
そう感じた方もいるかもしれません。

けれど、カウンセリングの現場で見えてくるのは、
それだけではありません。

そこには、
言葉にならない圧力や、
暗黙の期待が存在していることが多いのです。


「お願い」ではなく「前提」になっていた役割

たとえば――
家族や親戚が集まる場で、
まだ子どもであるにもかかわらず、

  • 食事の準備を任される
  • 大人の代わりに気を配ることを求められる
  • 「できて当たり前」のように扱われる

それが、
命令という形であれ、
当然の空気であれ、
子どもにとっては強いメッセージになります。

あなたがやる役目
あなたが動く立場
あなたが気をつける存在

こうした役割が、
無言のまま固定されていくのです。

「断れない空気」がつくられる家庭

ここで大切なのは、
ヤングケアラーになる背景には
個人の性格だけでなく、家庭の力関係がある
ということです。

  • 逆らえない大人がいる
  • 「口答え」と受け取られる空気
  • 断ることが許されない雰囲気

その中で、
子どもはとても現実的な選択をします。

「波風を立てない」
「求められている役を引き受ける」

それは、
その家庭の中で生き延びるための
賢い適応でもあったのです。


だからこれは「性格」ではない

大人になってから
「私は断れない性格だから」
「我慢する癖があるから」
そう自分を責める人は少なくありません。

けれどそれは、
もともとの性格ではなく、
長い時間をかけて身についた生き方です。

誰かの前で指示される
期待される
役割を果たすことで
場が保たれてきた経験。

それを知ることは、
自分を責めるためではなく、
自分を理解するためにあります。

連鎖は続く。でも、どこで止めるかは選べる

ヤングケアラーの体験や、
家族の中で身についた思考パターンは、
意図せず次の世代へと引き継がれていきます。

「我慢するのが当たり前」
「自分より、誰かを優先する」
「家族だから仕方がない」

こうした考え方は、
責められるものではありません。
それぞれが、その時代、その家庭の中で
精一杯生きてきた結果でもあるからです。

実際、
今も家族を支え続けている人たちの中には、
「大変なことも多いけれど、
それなりに納得して生きている」
そう感じている人もいるでしょう。

それもまた、ひとつの人生の受け止め方です。


ただ、もし――
どこか心の奥で
小さな違和感が消えないとしたら。

「このままでいいのだろうか」
「私の人生は、これだけなのだろうか」

その感覚は、
わがままでも、冷たさでもありません。

変化の入口に立っているサイン
なのかもしれません。


連鎖は、自然に続いていきます。
でも、
「気づいた人」から
少しずつ、形を変えることができます。

誰かを見捨てる必要も、
家族を否定する必要もありません。

ただ、
自分の人生に
もう一度、選択肢を取り戻す。

それは、
次の世代に
「違う生き方もある」
と示すことにもつながっていきます。


まとめ

  • ヤングケアラーの背景には、個人の性格ではなく構造がある
  • 思考や役割は、連鎖しやすい
  • それでも、違和感に気づいたところから、人生は選び直せる

もし、ここまで読んで
胸のどこかが少し動いたのなら。

その感覚は、
きっと間違っていません。

人生は、
何度でも、静かに方向を変えていけます。


※実は私もヤングではなかったけど、たった短期間の親の看病や世話で
心が壊れかけたことがあります。確かに強制されたわけでもなかったけど
子どもなら、嫁なら「こうあるべき」があったのだと思います。
そんな記事です。
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