― 子どもの頃に抑えられた「当たり前の欲」―
欲は、生まれたときから持っているもの
人は、生まれた瞬間から「欲」を持っています。
お腹がすいた
眠い
抱っこしてほしい
見てほしい
声をかけてほしい
それは、生きるために必要な、とても自然な欲です。
少し大きくなると、
あのおもちゃが欲しい
一緒に遊びたい
褒めてほしい
もっと話を聞いてほしい
そんな欲も加わっていきます。
どれも、子どもらしい、純粋な欲ばかりです。
本来、欲は「わがまま」でも「悪いもの」でもありません。
生きたい、つながりたい、認められたいという
生命そのもののサインです。
いつから、欲は「悪いもの」になったのか
ところが、ある時期から
子どもの欲は、こんな言葉で止められるようになります。
「欲張りだね」
「うちはお金がないんだから」
「今忙しいから、後にして」
「それくらいで褒めたら、努力しなくなる」
多くの場合、
親に悪気があるわけではありません。
生活の余裕がなかったり、
しつけとして必要だと思ったり、
自分自身も「我慢して育った」からこそ、
そう伝えていることも多いでしょう。
ただ、子どもにとっては――
欲を出す=否定される体験として、心に残ります。
欲を抑え込むことで身につく、心のクセ
何度も欲を止められるうちに、
子どもの心の中では、こんな変換が起きていきます。
「欲しがる私は、よくない」
「これ以上言うと、嫌われる」
「どうせ、私の気持ちは大事じゃない」
そして、やがてこうなっていきます。
・どうせ私は愛されていない
・うちは貧乏だから、仕方ない
・自分には価値がない
・期待しないほうが楽
欲を出さないことで、
自分を守る術を身につけていくのです。
抑圧されたまま、大人になるとどうなるか
ここで、ひとつ問いかけてみてください。
欲を抑え込まれて育った子どもが、
大人になってから、
「私は〇〇になりたい」
「そのために〇〇をする」
と、堂々と未来を宣言できるでしょうか。
多くの場合、答えは「難しい」です。
欲を出すこと=否定される
という感覚が、心の深いところに残っているからです。
・やりたいことがわからない
・夢を語るのが恥ずかしい
・どうせ無理だと思ってしまう
それは、意欲がないのではなく、
欲を出すことにブレーキがかかっている状態なのです。
子どもの欲と、わがままは違う
もちろん、
子どもの欲を何でも叶えればいい、という話ではありません。
物の欲求ばかりを無制限に聞いていけば、
わがままな大人に育つ可能性もあります。
わがままな大人が、人間関係で苦労するのも事実です。
けれど、
・欲を「認めること」
・欲を「全部叶えること」
この二つは、まったく別です。
「そうなんだね」と受け取るだけでいい
子どもの欲に対して、
まず必要なのは、評価でも判断でもなく、受け取りです。
「そうなんだ、それがやりたいんだね」
「そうなんだ、それが欲しかったんだね」
「見てほしかったんだね」
それだけで、
子どもは「自分の気持ちは、ここにあっていい」と感じます。
欲が認められた子どもは、
安心して次の欲へ、次の成長へ進んでいきます。
欲を認めることは、生きる力を育てること
欲を持つことを否定されずに育った人は、
・自分の望みを言葉にできる
・目標を持つことを怖がらない
・行動するエネルギーを持てる
ようになります。
欲は、抑え込むものではなく、
人生を動かすエンジンです。
もし今、
「欲を出すと嫌われる」
「望んではいけない」
そんな感覚を持っているとしたら。
それは、あなたの性格ではなく、
子どもの頃に身につけた心の反応かもしれません。
欲は、悪いものではありません。
生きようとする力そのものなのです。
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