人のせいにしていると、同じ穴に落ち続ける理由

「人を呪わば穴二つ」という言葉があります。
誰かを恨めば、その人のために掘った穴が、
実は自分の分まで二つ用意され
いずれ自分もそこに落ちてしまう、という意味です。

カウンセラーとして多くの相談を聞いてきましたが、
自分の不幸を他人のせいにして、苦しんでいる人のお話を聞いたことがあります。


今日は、実際にあった男性の話をします。

彼は、昔付き合っていた女性を忘れられませんでした。
別れは、お互いに納得したはずのものでした。
価値観の違いを認め合い、
「これが最善だ」と判断した別れです。

それなのに、時間が経つにつれて、
彼の心は過去に戻っていきました。

彼女を忘れるために結婚した相手は、
どこか元カノに似た女性でした。
けれど、結婚生活の中で、
彼は無意識のうちに「元カノの影」を妻に求め続けます。

元カノが好きだったもの
元カノの癖
元カノとの理想の暮らし

当然、妻は苦しくなります。
理由もわからないまま、
「何かむなしい」と日々。

やがて夫婦の心は離れ、
家の中から温かな空気が冷めたものに。

そんな中、男性は風の噂で
元カノが結婚し、子どもを持ち、
穏やかに暮らしていることを知ります。

ここから、彼の心は
「人の幸せを喜ぶ」ことではなく
「人の幸せを恨む」方向へと向かっていきました。

「あんな男のどこがよかったんだ」
「自分のほうが幸せにできたはずだ」
「奪われた」

彼女は彼女の夫に奪われたのではありません。
彼女は、自分で人生を選んだのです。

しかし、誰しも人を責めている間、
そこを見ようとしません。

人を恨むことは簡単です。
苦しさの原因を外に置けるから。
自分を見なくて済むから。

でも、人を恨みつづける人の人生は、
そこで止まります。

彼は、元カノの夫を呪い、
ついには彼女の住所を聞き出し、
会いに行ってしまいます。

遠くから見つめ、
幸せそうな家族の声を聞き、
さらに深い嫉妬と絶望を抱えて帰る。

その頃、妻はすべてに気づいていました。
自分が愛されていないこと。
自分が「代わり」だったかもしれないこと。

そして、家を出ました。
離婚届が届きます。

男性は嘆きます。
「自分はなんて不幸なんだ」と。

彼は不幸にされたのではありません。
自分で、自分の穴を掘り続けていたのです。

自分で不幸な道を選んだのです。

人を責め続ける限り、
人生は一ミリも前に進みません。
現実は変わらず、
苦しさだけが積み重なっていきます。

元カノは今も穏やかに暮らしています。
元妻は、新しい人生を歩き始めました。

止まっているのは、
「人のせい」にし続けた彼だけです。

人を責めるとき、恨んでいるとき
私たちは相手に罰を与えているつもりになります。
でも実際に傷ついているのは、
いつも自分自身です。

人を責めるのは簡単。
自分と向き合うのは、苦しい。

けれど、
自分の人生を取り戻せるのは、
責めるのをやめ、恨むのをやめ
人のせいをやめた人だけです。

相手の穴を掘っているつもりで、
自分が落ちていないか。

その問いに気づいたとき、
はじめて、同じ穴から抜け出す道が見えてきます。

なぜ人は「責めることで安心してしまう」のか(心理解説)

人を責めているとき、心の中では
一時的な安心が生まれています。

「悪いのはあの人」
「私は被害者」
そう思えた瞬間だけ、
自分の苦しさに理由がつくからです。

心理的にいうと、これは
責任を外に置くことで、心を守ろうとする反応です。

自分を見なくて済む。
可哀想だと同情してもらえる
自分を正当化できる
後悔や無力感に触れなくて済む。

だから、人は無意識に
「誰かを悪者」にしてしまいます。

だけど、誰かを

責めている間、
その人の人生は止まります。

なぜなら、
「変えられるもの」は
自分の選択と行動しかないからです。

相手を責めている限り、
自分の人生のハンドルを
ずっと他人に預けたままになります。

安心しているようで、
実はとても苦しい状態なのです。


責めるのをやめる第一歩

「じゃあ、どうしたら責めるのをやめられるのか」
多くの方が、どうしたらいいのだろうと嘆き続けるだけです。
そんな方に

いきなり
「相手を許しましょう」
「前向きになりましょう」
これは現実的ではありません。

第一歩は、とても小さなことです。

「私は今、誰を責めているだろう?」
と、自分に問いかけてみること。

責めている相手に気づくことは、
そのまま
「自分が止まっている場所」に気づくことでもあります。

そして、次にこう問いかけてみてください。

「もし相手が変わらなかったら、私はどう生きる?」

この問いは、少し苦しいです。
でも、ここからしか
人生は動き出しません。

責めるのをやめるとは、
相手を正当化することではありません。
自分の人生を、
相手の手から取り戻すことです。


被害者意識から抜けはじめているサイン

被害者意識から抜けるとき、
人は急に前向きになるわけではありません。

むしろ、最初に起きるのは
違和感です。

・同じ愚痴を言っていても、虚しく感じる
・「本当にこの話、必要?」と自分に思う
・相手のせいにしても、心が軽くならない
・自分にも選択肢があったことを、うっすら思い出す

これらはすべて、
心が次の段階に進もうとしているサインです。

被害者意識にいる間は、
「私はかわいそう」という意識が
心を支配しています。

でも、そこから抜け始めると、
人はこう感じ始めます。

「このままでは、何も変わらない」
「私の人生なのに、誰かの話ばかりしている」

これは、成長の入り口です。

人を責める人生から、
自分を生きる人生へ。

同じ穴に落ち続けるのか、
そこから這い上がるのか。

その分かれ道は、
誰かを責めている自分に、気づけた瞬間から
始まっています。