― この言動は誰の投影? ―
今日、
夫が庭に植えていたモッコウバラを、
根元から電動のこで切ってしまいました。
壁のボロ隠しのために、何年も前に植えたものです。
たった一本の苗木が、いつの間にか壁一面を覆い、
黄色の小花が這うように咲くようになりました。
夫は、年末の大掃除で庭の手入れをしているうちに、
邪魔だと感じたようです。
事後報告でした。
「切っちゃうなんて!それはやめてほしい」と
口にする間もありませんでした。
知らず知らずに引きずってきた傷ついた心
毎年、
やさしい黄色い花を見るのを、私は楽しみにしていました。
宅配のドライバーさんも
「満開ですね」と声をかけてくださるほど、
かわいい花でした。
その春の楽しみが、
夫の衝動的な行動ひとつで、消えてしまいました。
悲しかったです。
怒りよりも先に、喪失感がありました。
「またか」
私は心理を学んできたせいか、
こういう時、つい
「これは誰の投影だろうか」
と考えてしまいます。
夫の短気さや衝動性は、
いったい誰の投影なのだろう、と。
本当は、
「勝手に切られて、悲しかった」
しばらくは、ただ悲しみに浸っていたいだけなのに。
けれど、少し時間がたってから、
ふと思いました。
夫は、父の投影だったのです
強引な父と衝動的な夫
父は、私が大切にしていた
雑誌の『明星』や、好きなロックスターのポスターを、
貼るのがもったいなくて
くるくる丸めて取っておいたものを、
ある日、こう言って捨てました。
「要らんだろう?捨てたからな」
あれも、年末の大掃除の時でした。
ちょうど私は思春期。
バイトから帰ると、家では
父が一人で大掃除をしていたのです。
「勝手に私の部屋に入った?」
・・・・・・・・・・
そうか、と腑に落ちました。
父も夫も、
感情の扱いがうまくありません。
短気で、衝動的になるところがよく似ています。
父はよく、酒を飲みながら、
何が気に食わないのか、母に説教をしていました。
心のしくみとして、
強い立場の人は、
自分より弱いものを感情のはけ口にすることがあります。
典型的なモラハラ気質です。
父の晩年も、現在の夫も、
若い頃よりはおだやかになり、
導火線は少し長くなりました。
嫌いな相手はどこから来たの
夫は、
子どもの頃の私が見ていた父そのものだ。
そう考えると、
目の前で感情のままモッコウバラを切り刻んだ夫の姿に、
嫌悪感を覚えるのは、
無理もないことだと感じました。
私は、ああはなりたくない。子どもの頃の父にも
夫にもそう思ってきました。
投影だと気づいたからといって、
夫婦関係が、急に変わることはないでしょう。
確かに私は、
ポスターを勝手に捨てられた時も、
モッコウバラをバッサリ切られた今日も、
「なんで、勝手に大切なものを
捨てるのよ、切り捨てるのよっ!!」
そう怒りを露わにできていたほうが、
心の健康という意味では、
よかったのかもしれません。
父や夫のように、
感情を外にぶつけられる人を、
私はどこかで、
実は、うらやましく思っているのかもしれませんね。