ふとした瞬間に、気づくことがあります。
痩せた。
白髪が増えた。
怒ることがなくなった。
あんなに強くて、頑固で、口うるさかった親の姿が、どこか小さく見える瞬間です。
子どもは、親が変わっていく姿に、年齢を感じます。
そして同時に、言葉にしづらい不安や焦りが胸に広がります。
まだ元気だと思っていた。
まだ先の話だと思っていた。
でも、時間は確実に進んでいる。
このとき心に起きているのは、単なる心配ではありません。
もっと深い、心理的な揺れです。
■ 親の老いは「心の土台」を揺らす
親の存在は、多くの人にとって、心の土台です。
普段は意識していなくても、
「いざとなれば親がいる」
「まだ親の世代が上にいる」
という感覚が、無意識の安心を支えています。
だからこそ、親の老いを感じるとき、
私たちは現実以上の動揺を覚えます。
それは、
守られる側が終わり始めた感覚
だからです。
もう子どもではいられない。
もう後ろには戻れない。
この感覚が、焦りとして現れます。
■ 焦りの正体は「愛情」と「無力感」
親の老いに対する焦りは、冷たい感情ではありません。
むしろ逆です。
大切だから焦る。
失いたくないから焦る。
間に合わなくなる気がして焦る。
そこには愛情があります。
同時にもうひとつ、強く動いている感情があります。
それが、無力感です。
- 代わってあげられない
- 止められない
- 時間を戻せない
- 老いを引き受けられない
人は、コントロールできない現実に直面すると、強い不安を感じます。
そしてその不安は、焦りという形で表に出ます。
そして私たちは、親の変化を通して、
人生の時間が有限であることにも気づき始めます。
「まだ先」だと思っていた時間が、
静かに減っていることに気づくとき、
心は強く揺れます。
■ 「まだ大丈夫」と思いたい心が苦しめる
もうひとつ、焦りを強める要因があります。
それは、
まだ大丈夫と思いたい気持ち
です。
現実を直視するのは怖い。
だから心は、少し先延ばしにしようとします。
けれど体は気づいている。
直感は知っている。
このズレが、心の中の緊張を生みます。
見ないようにしているのに、気になってしまう。
考えないようにしているのに、不安がよぎる。
この状態が続くと、人は疲れていきます。
■ これは「第二の自立」の入口
親の老いに直面することは、心理的には大きな節目です。
それは、
第二の自立の始まり
とも言えます。
最初の自立は、親から物理的に離れること。
二度目の自立は、心の支えの位置が変わることです。
外にあった安心を、
少しずつ内側に作っていく段階に入ります。
だから揺れるのは自然です。
不安になるのも普通です。
焦るのも、間違っていません。
問題は、感情を押し込めたまま進もうとすることです。
感情は、整理すると落ち着きます。
見える形になると、扱えるようになります。
■ 次回予告
次回は、
「親の老いがつらい本当の理由|“自分の人生”が動き出す怖さ」
について書きます。
なぜ親の変化が、ここまで心を揺らすのか。
そこには、あなた自身の人生の転機が隠れています。




