(画像お借りしましたhttps://search.yahoo.co.jp/)
――「やり切った人だけが、次の人生を軽やかに始められる」
浅田真央さんが、21年間のフィギュアスケート選手生活に幕を下ろしました。
うちの娘と同じ歳で
誕生日も秋。
名前も似ていて
私も真央ちゃんの亡きお母さんと
同世代なので
とても親近感があって
ずっと応援してました。
日本のフィギュアスケート界を長く牽引し、
19歳で臨んだバンクーバーオリンピックでは銀メダルを獲得。
トリプルアクセルに挑み続けた姿は、今も多くの人の記憶に残っています。
けれど私は、
「功績」はもちろん、彼女の“心のあり方に強く惹かれます。
「ストイック」で「がまん強い」という生き方
浅田真央さんを表す言葉として、
よく「ストイック」「強い」という表現が使われます。
すらっとした体と長い手足に
日本的な涼しげな顔出ち。
私は彼女のいでたちから
「和」的な雰囲気をみていたのでした。
天女のようなふわりとした柔らかさがありながら
しかしトリプルアクセルにこだわり挑戦する、ギャップを感じていました。
「つらいと思ったことはあまりない」という言葉の奥に
引退会見で、こんな言葉がありました。
「スケートをしていて、つらいと思ったことはあまりない」
本当にそうだったでしょうか。
きっと、つらいことは山ほどあったはずです。
年齢制限で出場できなかったトリノオリンピック。
期待とプレッシャー。
「次もやってくれるでしょ?」という周囲の視線。
それでも彼女は、
「つらい」と感じる前に、前へ進む選択をしてきた人
なのだと思います。
好きだから、続けられた。
好きだから、つらさを超えてしまった。
「生まれ変わったら、スケートはやらない」
ーーーー生まれ変わるとしたら、もう一度フィギュアスケーターになりたいか。
うーん、今こうして26歳までスケートをやって、全てやりきって、もう何も悔いはないので、もしもう一度人生があるなら、スケートの道には行かないと思います(笑)。
ーーーー例えば何に?
いろいろありますね、やっぱり。食べることが大好きなので、ケーキ屋さんとか、カフェとか、レストランだったり。そういうのをやっていたのかなと思ったりもします。
引退記者会見の一問一答より
「もう一度人生があるなら、スケートの道には行かないと思います」
この言葉は、
中途半端な人からは出てきません。
やり切った人。
悔いがない人。
人生の一区切りを、自分でつけられた人。
だからこそ、
次の人生を「ケーキ屋さん」「カフェ」と
軽やかに語れるのだと思います。
真央ちゃんを奮い立たせていた想いとは?
ソチオリンピックが終わって休養。それから復帰。
平昌五輪に出るという目標を掲げたことで、
目標をやり遂げなきゃいけないと思っていたので、
言ってしまったこととの葛藤がずっとあったそうです。
そうなんですよねーー。
人生の中で、後ろ髪をひかれながら辞めたり、
あきらめたりするのが一番後悔することですよね。
注目されている人だから余計悩みが大きかったと思います。
でも、やり残したことがないなら、新しい人生の滑り出しは軽やかですよね。
好きだから、きっといろんな形でスケートに携わってくれると思います。
笑顔と涙が印象的な会見でした。
やり残しがある人生は、後悔する
私たちはよく、
「もう無理かもしれない」
「ここでやめたほうが楽かもしれない」
そう思いながら、人生の選択をします。
でも本当に苦しいのは、
後ろ髪を引かれたまま、あきらめること。
真央ちゃんは、
一度休養し、復帰しました。
「平昌五輪を目指す」と公言した自分の言葉と、
ずっと向き合い続けたと語っています。
自分で決めたことを、
自分で回収する。
それができた人は、
次のステージに進むとき、心が軽いのです。
人生を終わらせたのではなく、人生を切り替えただけ
引退は「終わり」ではありません。
真央ちゃんは、
人生の主軸を切り替えようとしているだけ。
やり切った人は、
執着しない。
でも、好きなものを手放しもしない。
それが、とても健やかな生き方に見えました。
自分の人生も、区切りをつけられる人でありたい
真央ちゃんの引退は、
アスリートの話であると同時に、
私たち一人ひとりへの問いかけのような気がしました。
- やり残したまま、我慢していないか
- 本当は終わらせたいのに、惰性で続けていないか
- 誰かの期待を背負ったまま、自分の人生を生きていないか
人生を進んでいくには、
「思い」と「決断」を整理してみることが必要です。
笑顔と涙が同時にあった、あの会見。
あれは「喪失」ではなく、
再スタートの表情だったのだと思います。
存在そのものが金メダル。
真央ちゃん、本当にお疲れさまでした。
そして――
真央ちゃんのこれからの人生も、きっと美しい。
いつまでも応援してます。
