家庭内でも会社内でも、学校のクラス内でもバランスがとれるようになっています。
例えばクラスの中に、学級委員が一人いるとします。
学級委員といえば、リーダーシップがとれて、クラスのまとめ役です。
率先してなんでもやって、行動力があるイメージです。
学級委員になるような、行動力のある人とは反対の、
人についていくだけの、おとなしい、自己主張をしない人も必ず何人かクラスにはいるはずです。
そして、そのときの気分で学級委員の言うことを聞いたり聞かなかったり
クラスのことに無関心で、ときどきクラスの輪からも外れる「日和見」的な人も何人かいます。
学級委員がワンマンすぎると、必ずやり方に反発する人がでてきます。
かといって学級委員がおとなしくて優柔不断の性格だったら人はついてきません。
クラスはまとまらないんです。
あなたが人前で話したり、人に尽くすのが苦手で
学級委員にならなかったから、
あなたの代わりに違う人が学級委員になってくれたとします。
あなたは学級委員ではないから、のんびりついて行くだけの生徒でいいわけです。
ところで学級委員をやっているからって、もともと行動力があったり、発言力があったとは限らないです。
誰もなりたがらなかったから、ならざるを得たかったのかもしれません。
学級委員が「今日からおれがクラスのリーダーだからオレの言うこときけ」と横暴すぎると
まわりのものはだんだん嫌になって「そんなに威張らなくても・・」と学級委員を批難します。
だけど、引っ込み思案で人を引っ張っていく力のない人にとっては、
言われたことをやっていけばいいだけなので、「せっかくなってもらったんだから、そんなに批判しなくても」と思います。
批判をすると、じゃあお前が代わりにやれと言われそうで、それは困りますもんね。
クラスの生徒数が変わらないなら、全体のエネルギーも変わらないので
一人が強ければ、他の人たちは弱い存在です。
学級委員が一人で学級の責任をとるなら、他の人たちは中和しようとするため力を出さなくなるのです。
良質な中和をするために、その他の人は学級委員を助けるために、何らかの協力をしていくと良いです。
例えば言われる前に行動したりするなど。またサブリーダー的な人が現れると、学級委員の肩の荷が少しラクになるでしょう。
すると学級委員はやみくもに威張ったり、横暴にならずに態度が柔らかくなるかもしれません。
蟻の行列を観察すると、一生懸命に食べ物を巣に運んでいるのは全体の2割なのだそうです。残りの8割はただウロウロするだけだったり、時々運ぶのを手伝ったり。
8割のうちの2割は休憩しているのか働いていないのです。
それが蟻の世界のバランスの取り方です。
えてして、ニートがいる家というのは、誰かが責任を取り過ぎてしまっているのです。
大概は働き手である(経済力のある)親です。
ぐうたらな人は、他の人に働かせたり責任をとらせてしまいます。ぐうたらな人は依存できる人がいれば、その人に依存します。
見方を変えると、家族の誰かがニートになることを選んだら、他の家族はいやいやながらも働く人になるか、率先して働き者になって家庭内のバランスをとることになります。
ニートがいるご家庭で改善したいと思っているなら
働き過ぎている人がいないか、
責任を担いすぎてしまった人がいないかを考えてみるといいです。
極端に強い人と弱い人ができていないか、です。
この場合、ニートがニートを選んだのが先なのか働き蟻が働き蟻として働くことを先に選んだのか、卵が先かニワトリが先かになりますが、「同時」に生まれたとも言えますね。
少しずつ家庭内のエネルギーが移動して、各人それぞれの性格が変わればいいのにと思います。
すると「ニートである性格」も変わっていくはずです。