こどもが側にいるとイライラする
ついカッとなって、叩いてしまったり
自分の鬱憤をこどもに向けて、嫌みをいったりする
そんなことが日々続いていると
「私って毒親なのかも」
「将来こどもにうらまれたらどうしよう」と
不安になることはありませんか?
自分の子育てに自信がない人、
「毒親」という言葉に敏感な人は、「親」として
どうありたい?と立ち止まるだけで、毒親になったりしないと
考えています。
本物の毒親は、とても自己中心的です
本物の毒親は、
子どもの気持ちよりも
「自分がどう見られるか」を最優先しています。
・良い親だと思われたい
・可哀想な親だと同情されたい
・正しい親でいたい
そのためなら、
子どもの感情や立場は後回し。
子どもは「守る存在」ではなく、
自分を満たすための道具になります。
子どもに父親の悪口や愚痴を言う
・お父さんはダメ
・私はこんなに苦労している
・お父さんなんかと結婚するんじゃなかった
父親(男)の悪口を聞かされて育った人が
将来お互いを思いやれる夫婦になれるでしょうか。
毒親は自分は何かの被害者だと常に思っているので
そのことをこどもに言うのです。
本来、大人が大人同士で処理すべき感情を、
子どもに背負わせる。
これはこどもへの依存です。
「自分の子育ては正しい」と疑わない
毒親は、
自分のやり方を疑いません。
子どもが苦しそうでも、
反発しても、
うまくいかなくても、
自分のことで精一杯なので
こどもの気持ちに気づくことができません。
なにかあると、
「この子がおかしい」
「感謝が足りない」
「私は一生懸命やっているのに」
「あなたのためを思っていっているのに」
そうやって、
問題をすべて子ども側に押し返します。
自分の子育てを客観的にみることができないのです。
子どもから機嫌を取ってもらっている
・怒らせないように顔色を見る子ども
・機嫌が悪いと子どもが不安になる
・子どもが気を使っている
親と子の立場が、
完全に逆転しています。
毒親は子どもが自分の思い通りに育つと
自分はいい親だと勘違いします。
うちの子は良い子とよそで自慢をします。
子どもは親から見捨てられては困るので
反抗することができません。
そのまま大人になってしまうのです。
毒親は、
自分を守ることしか考えません。
親の犠牲者だという感覚が、不安を生む
あんな親に苦しめられたと思いながら
「毒親にはなりたくない」と子育てをしている人がいます。
「自分は毒親かもしれない」と思ってしまう背景には、
どこかで
「自分は、親の犠牲者だった」
という感覚が残っていることがあります。
だから無意識のうちに、
「同じことをしてしまうのではないか」
「結局、自分もあの親と同じではないか」
と、自分を疑い続けてしまう。
そうやって
自分の親を低くみていると、
子育てはどうしても苦しくなります。
「親のせいでこうなった」
「親の子育ては間違っていた」
その視点のままでは、
わが子の子育ての軸が、
毒を持つ親からのっとられた
子育てになってしまうからです。
毒親とは、視野が狭く自己中心的な状態
毒親とは、
心の視野が狭く、自己中心的な状態です。
自分の感情や立場しか見えず、
子どもを通して
自分を満たそうとしてしまう。
そこに、
子どもの成長や気持ちが入り込む余地はありません。
子育ては「与えること」であり、同時に「受け取っている」
本来、子育ては
親だけが満たされるためにやるものではありません。
子どもが喜ぶことをやる。
できた、わかった、という達成感を経験させる。
安心して甘えられる場所をつくり、
成長を見守ること。
親の愛を、
与える側に立っていることです。
でも同時に、
子どもはただ受け取るだけの存在ではありません。
笑顔を向けてくれる。
信じてくれる。
頼ってくれる。
親も、
ちゃんと子どもから愛を受け取っています。
与えるだけの親でもなく、
奪われ続ける子どもでもない。
その関係を理解して子育てしている人は、
「私って毒親なのかも」という不安を、
一歩引いて見つめることができています。
だから、大丈夫なのです。
子育てに自信のない方のお話を伺っています。
▼感情整理カウンセリングについて